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西川町の東部、寒河江川右岸の段丘地に「沼山」地区が
あります、地名の由来は西側にある華山周辺の山に、湧水
による大小200近くの沼が点在することから「沼山」と呼ばれ
ました、現在の世帯数は焼く150、住民約500人が生活して
います。

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実はこの沼山地区にある大沼という沼には龍神伝説あると
いうのでやって来ました、数ある沼の中でも特に、集落から
南西へ約2キロ入った山中に周囲約4キロの「大沼」があり、
次のような伝説が語り継がれているという。

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1559年(永禄2年)、寒河江の大江氏領内に構えた法泉寺
四世の「全忠」という禅僧が、戦乱の世を憂い、この地に訪れ
近くの「長沼」の湖畔で休息し、さらにつづら折りの山道を登り
「大沼」に足を運んだ、すると突然、静かな湖面を泳ぐ竜の背中
に乗った美しい女神が現れ、周囲をまばゆく照らした、その荘厳
な光景を見た全忠禅師は、水神の化身と悟り、ふもとに「大沼山
・龍源寺」と称する寺院を創建した。

(龍源寺)
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寺院の他にも大沼湖畔の一角にも「龍神」を祭る祠を立て、仏神両面
から水神信仰を深めたという。

対岸に見えるのが祠なのだろうか…

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1596年(慶長元年)のある夜、寒河江の柴橋村雨池に住む菊池藤五郎
という豪族の夢枕に、その女神が現れ、「大沼」の竜に対し、山辺の畑谷
沼に住む大蛇が敵意をもって、山越えしては大沼を荒し回っている、汝の
力で退治してくれるならば、沼の水は永久に保たれるであろうと告げて
消えた…

翌朝、藤五郎は、弓矢を携えて大沼へ向かった、すると、暗雲たなびく
湖水で、竜と大蛇がねじり合い、すさまじい水しぶきを上げて争っていた
、藤五郎は、とっさに岸辺から大蛇の目を狙い、矢を放つと的中し、おび
ただしい血が湖面を赤く染めて大蛇は死んだ、竜は喜びを表し、幾度も
天空に昇っては舞い降り、やがて湖水深く消えた、以来、女神が約束
した通り、大沼は常に豊かなわき水で満たされ、水利に恵まれた村人
は、山間地でも耕作地を広げることができ、暮らしが潤ったという。

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こうした伝え話が、近隣の村にも広がり、戦国期に全忠禅師が建てた
「龍神」の祠に対する信仰がより浸透した、1874年(明治7年)3月に
その祠は神社の構えに造り替えられ、養蚕の神も合祭して「大沼神社」
と改称された。

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沼山在住の西村山郷土史研究会理事の工藤賢一郎さんは「水神伝説が
発祥した理由は、集落の眼下を流れる寒河江川が急流な上、段丘の地形
とあって水利の用いるのが困難だった、そこで村人は、わき水が豊富な山中
の沼から、自然の落差で田畑に水が引ける利点をよそから危害を受けない
よう大切に守るために、竜や大蛇に託して物語ったようだ」と話しています。

この大沼は車で一周できるように道路が回りにあります、途中には公園の
ようなベンチがあって休める場所もあります。

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ボートも乗れるようですね。

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*山形新聞 地名伝説:「沼山」湖畔に建つ奥の院 伝える「竜神」信仰の記事より。
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