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旧西置賜郡役所は、明治11年7月、山形県内に11の郡役所が設置
されたうちのひとつで、明治11年の建築です。ほかに現存するのは
東村山(天童市:明治12年)、西村山(寒河江市:明治11年)、東田川
(旧藤島町:明治20年)、西田川(鶴岡市:明治14年)の4棟です。

竣工から大正14年までの間、西置賜郡役所として、その後、西置賜
地方事務所、長井ダム工事事務所等として利用されました。
平成8年3月28日、長井市文化財建造物として指定し、利活用が図
られています。

長井市では、平成18年度から小桜館周辺整備事業に着手しましたが
、小桜館一帯は、戦国時代の武将“片倉小十郎”の居館跡と伝えられ
ていることから、工事と並行して埋蔵文化財の立会い調査を実施しました。

現在、戦国時代の遺構や遺物は発見されていませんが、平成19年4月
18日の掘削作業中、小桜館前から近代のものと思われる石畳が見つか
りました。

石畳は、玄関前から東側道路にかけてつくられたもので、地表面の下
20~30㎝の深さから見つかりました。長さ17m、幅2.8m(東端は5.6m)
、厚さ12㎝ほどで、凝灰岩(高畠石)の切石が千鳥模様に敷詰められて
います。東端には正方形の土台石が左右対称に設置され、その表面に
は門柱の痕跡も残っています。

石畳は、当時の写真等から、明治時代につくられたものと推定され、貴重
なものと考えられます。しかし、切石に使われている凝灰岩は風化に弱い
こともあり、長年の使用により表面の剥がれが著しく、折れたりひびの入っ
ているところも随所に見られます。

工事の設計では、消雪用配管が石畳に重なる形で設置される計画となって
いるため、保護について協議を行い、石畳は保存することにしました。しかし、
風化に弱い凝灰岩を現状のまま永年にわたって保存することは、技術的に
困難であることから、有識者並びに関係者で、石畳の保護・活用について
協議を行い、次のような内容で、石畳を盛土で埋め戻しすることにしました。

・石畳部分は写真と図面による記録保存と、その一部の小桜館内への展示。
・門柱の土台石を抜き取り、再現した石畳に組み入れ門柱の復元。
・埋め戻す前に、市民の方々を対象とした現地説明会を開催。
(長井市文化生涯学習課資料より)

僕が撮った写真では正面の玄関付近から白く長く見える所が再現された石畳
です。↓

DSC_7684.jpg

訪れた日が休館日だったので中の資料などを見ることは出来ませんでしたので
外観の写真だけになってしまいました、次回、訪れた時は中の様子を紹介したい
と思います。

DSC_7683.jpg

旧西置賜郡役所
山形県長井市高野町2-7
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