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前回、高畠町を訪れた時には日向洞窟を見て来ましたが、今回は
高畠に4つあるという洞窟の1つで大立洞窟に行ってみました。

岩陰居住跡の遺跡であり、古い遺跡で縄文時代草創期まで遡る
といいいます、高畠町にある洞窟としては最大の規模だそうです。

興味の無い人にとってはつまらないかも知れませんが良かったら
見て下さいませ。

DSC_7550.jpg

この前の「そば処石のや」さんの所にある蛭沢湖に向かう看板が
ある交差点を進むと上の案内板が見えて来るので左折します、
2キロほど行くとこんな感じです。

DSC_7565.jpg

また案内板が出てきて、今度は徒歩で行かなければなりません。

DSC_7551.jpg

車を置いて歩きます…

DSC_7552.jpg

1分ほど歩くと、またもや案内板がありました、ここからは勾配のある
山道になっています。

DSC_7553.jpg

大きな石がごろごろしています。

DSC_7555.jpg

思ったよりも急な山道です…

DSC_7556.jpg

杉林の奥に何やら大きな岩が見えてきました。

DSC_7557.jpg

これが大立洞窟のようです。

DSC_7559.jpg

入り口には洞窟の説明が書かれた案内板があります、とりあえず
全文掲載します。

「大立洞窟は、全国でも有数の縄文時代草創期遺跡の密集地域に位置しており、
近隣には、国指定史跡である日向洞窟や一の沢洞窟、火箱岩洞窟等の洞窟、岩陰
遺跡が所在します。

洞窟は、昭和47年(1972)5月、佐々木洋治氏によって発見されました。
それまで、攪乱された様子は全く見られませんが、自然の営力による崩落などに
よって、洞窟前には巨大な凝灰岩塊が幾重にも積み重なっていました。

遺跡は、間口13m、奥行き7mを測る洞窟と両脇の岩陰からなり、規模としては
高畠町に所在する洞窟・岩陰遺跡群の中でも大きい方です。
昭和49年の予備調査を経て、同50年から52年までの3ヶ年、発見者である佐々木
洋治氏が中心となり、山形県立博物館によって三次にわたる発掘調査が実施されま
した。

その結果、奈良・平安時代より弥生時代、縄文時代にかけて断続的に利用された
洞窟遺跡であることが明らかとなり最下層より出土した隆起線文土器をはじめとする
一連の遺物群から、縄文草創期にまで遡ることが確認されました。

また、本町の遺跡では初めて科学的分析が行われ、土壌の花粉分析結果から、縄文
時代の開始期は、現在よりも冷涼な気候であったと考えられています。」

-高畠町教育委員会-

DSC_7558.jpg

洞窟の中には石の鳥居と祠のようなものがありました、思ったよりの洞窟の
中は狭いという感じですが奥行き7メートルとあるので低い入り口から中に
入って行けるのでしょうか?

まあ、あえて行くことはないので、また急な山道を帰って行きました、帰りは
早かったですよ~(笑)

DSC_7564.jpg
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コメント

ひろぽんさん、お久しぶりです☆三毛猫です。

今日ひろぽんさんのブログを山形の妖怪と一緒に紹介させていただきました。事後承諾ですみません・・
また覗いてみてくださいね(^_^)

ここです
http://fc2osusumeblog.blog44.fc2.com/blog-entry-308.html
三毛猫│URL│09/16 21:05│編集

お久し振りです!
僕も遊びには行ってるんですが
さっぱりコメント残さないでいて
すみません。

ほお~山形の妖怪ですか!
興味ありますねー、あとブログ紹介
してもらってありがとうございます、
この件についてはは三毛猫さんの
ところでたくさんお話しますね♪
ひろぽん→三毛猫さんへ│URL│09/17 07:52│編集
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