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まだ「最上川三難所そば街道」も全部回りきれていないのに、大石田そば街道に足を伸ばして
みました、今回は「寄り道編」と「そば街道編」と2つに分けて記事をアップします。

「大石田そば街道」
かつて最上川舟運の河岸場として栄え、今も町のあちこちにその名残をとどめる大石田町。
この大石田は、昔からそばの里としての土壌を培って来ました。町の平野部と山間部を中心に、
いくつもの名物そば屋が軒を連ね、休日には県外からの常連客など多くの人々が訪れます。

最上川の流れ、そば栽培に最適な気候、そして伝統のそば打ち職人に支えられた大石田のそば、
まさに「そば街道」と呼ぶべきそばの里は、訪れる人を豊かな自然と風土へ誘います。

そば街道についてはこの後の「そば街道編」で詳しく説明しますが、今回は「寄り道編」という
ことで大石田の町の中を訪ねてみました。

その他にいろいろ名所旧跡があるのですが全部は回れませんでしたので、ごく一部の紹介
になります、最初に大石田と聞いて思い浮かんだのは最上川舟役所跡大門と塀蔵でした、
さっそく、その堀蔵が見られる「大橋」を渡りました。

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吊橋を模した銀色に輝く橋です、流線的な形状の橋ですが、その色調から機械的な硬さが感じられます。
晴天には、透き通るような最上川に銀の光が映える橋です。

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室町時代の頃から始まったと言われている大石田河岸は、元禄の頃にもっとも賑わい、最上川舟運の
中枢となり、寛政4年に幕府の舟役所が置かれました。近年、舟運時代の華やかな頃の面影を偲ばせる、大門や塀蔵が再現されています。

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大石田塀蔵に実際に使われたものと同じ実物模型が展示されていました。

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次にこの大橋からすぐ近くにある「乗舩寺」を訪ねました、ここには釈迦涅槃像があります。

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これが釈迦涅槃像が置かれてあるお堂です、自分で扉を開けて見られるようになっていますが、
開けると小さな小窓が(約20CM四方)4箇所あり中は薄暗く、写真を撮ろうにも携帯のカメラでは暗くて難しいようですが何とか手を入れて撮ってみました。

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堂の中には県指定文化財の平安仏阿弥陀如来坐像や千体仏が安置されています、これが
釈迦涅槃像です、京仏師の作といわれ、元禄7年(1694)に寄進されたもので、2メートルを超える
大きさで全国でも大変大きい涅槃像とのことです。
ああ~こういう時に限って一眼レフ持って来てないし…
顔はほとんど写ってないですよね。

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お寺の中をブラブラと歩きました

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すると斎藤茂吉のお墓の案内板がありました、えっ!何でここに齋藤茂吉のお墓が…
あとで調べてみると茂吉の墓は東京青山墓地の他に、分骨により生地の金瓶宝泉寺、そして
この乗舩寺の三基があるとのことでした。

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境内には齋藤茂吉の墓と歌碑、正岡子規の句碑があるそうですが、行った時には分からなくて
後でパンフレットで知りました、茂吉の句碑には「最上川逆白波のたつまでに ふぶくゆふべとなりに
けるかも」と歌われているそうです。

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