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霞城公園や通りにある銀杏の木はすでに黄色に色付き、すでに
散り始めているものあります、山形市緑町にある専称寺の大銀杏
は別名『雪降りイチョウ』とも言われており、この葉が散ると冬の雪
が長く残ると言うらし、今年はどんなもんか見に行きました、11月5日
だというのに長袖のTシャツだけ羽織って行きました、それでも汗が
出ます(笑)、今日は自転車です、タイヤの空気が抜ける原因も分か
ったし(詳しくはひろぽんの落書き帳をどうぞ)、途中、寄り道をして
山形の街の風景の素材写真を撮ったりして、いままでモノクロで紹介
していたんですけど、カラーでも結構味わい深いものがあるかな~
なんて思った今日の撮影でした、それでは早速、専称寺全景!

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左側の掲示板には専称寺と駒姫の云われなどが書いてあります。

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さて、いよいよ大銀杏の木とのご対面です!

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でも上を見上げると…、品種が違う銀杏なのでしょうか、まだまだ青いですね~

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でも、この大銀杏の木が色付いた頃は素晴らしいんでしょうね~、是非、その時に
見てみたいものです、ていうか、今年の雪は遅いんじゃないですかね、いつもまだ
色付いていないのでしょうか…

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まあ見るものはたくさんあります、浄土真宗大谷派(東本願寺)の寺院で、元は高擶村
(現在天童市)にありましたが、慶長元年(1596年)に、山形城主最上義光が、薄幸な愛
娘駒姫の菩提寺として、山形に移建したものです。はじめは旅篭町の仁王堂小路にあ
りましたが、慶長3年(1598年)に義光は現在地に移したといわれています、専称寺
(せんしょうじ)の本堂は山形市指定文化財になっています。

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屋根四隅には名工・左甚五郎が彫り上げた通称「夜鳴力士像」が鎮座しています、
お寺正面の右側と左側だけは撮影できましたが、他の力士像は立ち入り禁止にな
っているので撮影は不可能でした…、この像の撮影はかなり難しいですね、絞り
優先でもオートでも、絞り調整してるんですが思うように撮れません、左甚五郎の
怨念か!

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専称寺の創建は文明15年(1483年)に願正上人が開山したと伝えられています、
当初は天童市の高擶にあり願行寺と称していましたが天文6年(1537年)頃に
専称寺と改め慶長4年(1596年)に最上義光が山形城下に移しました、これは
義光の次女駒姫の菩提を弔う為で境内の東北端には墓もあります、駒姫は当時
15歳で豊臣秀吉の養子になった秀次の侍妾となり文禄4年(1595年)に上洛しま
した、しかし、秀次は関白という地位に付いたものの、秀吉の実子である秀頼
が生まれた為、半ば排斥されるように高野山に流され切腹、駒姫も連座され
三条河原で処刑されました。

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寺内にある梵鐘(ぼんしょう)ならび、鐘楼は駒姫が亡くなった11年後に作られ
豊臣秀吉から『天下一の称号』を授けられた名工・西村道仁により作られ県の
有形文化財になっています。

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