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ここ歌懸稲荷神社では毎年7月の第2土曜日に行われるとの
ことで毎年、賑やかに御神輿が旅篭町~十日町辺りを練り歩く
というので、この暑さの中歩いて出掛けてみました、いやあ~
それにしても暑いです…、家から30分ほどで到着です。

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歌懸稲荷神社の由来はご存知の方も多いでしょうが、一応説明しましょう、
山形城主斯波兼頼が山形城の守り神として城内に建立したのが、その始め
と伝えられています。それより10代目最上義定が山形城の部内に社殿を建
て、12代目義光のとき、天童城主との開戦に際して勝利を祈願するなど、
最上家代々の信仰は厚いものがありました。

城主や城下の人々が、短冊に歌を書いて神社に奉納する風習があり、歌を詠
まないものは渡らせない橋も付近にあったところから歌懸の名が残ったと伝え
られています。

元和8(1622)年、最上家が改易されて新城主となった鳥居忠政は、人心一新
をはかり、部内稲荷口(現山形駅付近)にあったこの社を、三の丸の外の現在地
に移しました。

それ以降、このご縁日である10日ごとに定期市が門前で開かれ、十日町の名の
起こりとなり、その年の最初の十日市(1月10日)を初市と呼ぶなど、城下町
の人々と深く結びつき信仰をあつめ、現在に至っています。

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神事が始まっているようです、それにしても報道関係やカメラマンが少ないなあ…

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御神輿が出る様子がないなあ?もしかしたら旅篭町辺りから出発するので文翔館
の方に歩いて行くと途中で出会うかなと歩く、歩く、歩く、歩く…
ついに文翔館まで着いてしまった、ああ疲れた!仕方が無いので歌懸稲荷神社に
電話で問い合わせすると、今年は御神輿が中止になったとの事でした、えっ、何で?
震災の影響で?まあ仕方がないのでまた家まで歩いて帰ることにした。

せっかく撮ったので「霞城(山形城)三の丸跡」碑です。

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境内西側に残る霞城三の丸の土塁も。

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この三の丸跡も、今訪ねている山形五堰にも関係してくるので…
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